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バイク用品のリサイクル店に行ってみましたら、GPZ250Rのサービスマニュアルが売られていました。なんと言うか、想いは何度でも巡ってくると言いますか。

パラレルワールドなんて言葉がありますけど、もしその時にそれを選ばなかったら、他のストーリーがあるということですけど、このバイクは大学に入ってから乗ろうと高校の時にカワサキストーリーという本を買って思っていたのですが、実際大学に入ってから中免を取って250ccに乗ろうと思っていたら、原付時代から通っているバイクの解体屋に行ったらたまたまあったので、それを買いに行ったら同伴した悪い従兄弟が「かっこ悪い」と悪魔の囁きをしたので、これを買わずに125ccのバイクを買ってちょっと練習することになったのです。

これを悪魔の囁きというか、他に言いようがありません。
125ccのバイクは2ストのMBX125Fというバイクでしたが、エンジンがどうも焼き付けを起こしたようでものすごく調子が悪く、まさに貧乏くじを引いたことになりました。

GPZ250Rはボロかったですが、エンジンは調子が良いようだと解体屋の人も勧めてくれたのですが、余計な時にバイクに詳しいような悪い従兄弟を連れていったのが最大の失敗です。
どうせ失敗して、腹でケラケラ笑っていたかもしれません。案外近いところに敵はいるものです。

まあ、確かにGPZ250Rはそのデザインからバッタのようなバイクとして評判は良くなかったのですが、自分としてはそれほど格好悪いとは思えませんし、限られた財源でそこそこ4年間は走ってくれたら申し分なかったので、このバイクにしてたら間違いはなかったと冷静に思います。


海外のどこかで乗られている、全く同色のGPZ250R
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今でもそんなにかっこ悪バイクじゃないと思いますけど。後のGPX250Rから、ZZ-R250に繋がったモデルですが、ZZ-R250に関してもまたこの悪い従兄弟が「ダサい」という悪魔の囁きをしてました。
まるで私の進化を邪魔するような一言を言ってくれます。

お陰で、他人にバイク選びで余計なことを言わない習慣ができました。
本当にありがとうございます。悪い従兄弟は行ってヨシで、14年はあっていませんしこの後も2度と会うことはしないでしょう。

バカなのか、私が千葉に引っ越してきてからも、最悪な韓国バイクの本をご丁寧に送ってきましたので、どこまでバカなんだろうと思いましたがありがたく2回ほどパラパラとめくって、速攻でゴミ箱に捨てました。

バカの負の連鎖は置いておいて、バカにえさをやらないようにしてぶちぎれたので14年従兄弟に音信不通にしてますから、とっくにバイクは乗ってないと思います。笑

さてと、思い出すのは1990年代前半に大学でバイク部の部室で、GPZ250Rのことを友達に論じていることがありました。最初の北海道ツーリングに行った友達で、北海道を一周するために中型自動二輪の免許を取って、新車でZZ-R250をバイトして買ったバイタリティーのある友達でした。

GPZ250RやGPX250Rのトータルバランスを考えると、学生にはうってつけのバイクだと思いますが、彼は中古は何かあったら対処できずに困るから、新車が良いというのでZZ-R250を新車で購入することになりました。もちろんそれが出来れば、それに越したことはないのです。彼はたまたま人並み外れたバイタリティーがあったから良かったです。

まあバブル期の余波がありましたから学生バイトはいくらでもあって、60万円を貯めるのは当時は容易なことだった感じがします。しかし、短い4年間はバイトばかりしているとあっと言う間に終わります。私はそっちの選択をしないでスズキの中古車が巡ってきたのでGSX250Eに乗っていましたが、これは北海道を荷物を大量に積んで走ってきたら、フレームがよれたり、サスペンションがへたったりとしたもので、北海道から帰ってきてから中免を取ったばかりの友達に譲りました。

当時はネットなんか学術ネットしか大学になくて、個人が出来るインターネットなんかありませんから、古本屋を巡ってかたっぱしからGPZ250Rの記事を切り抜いて、スクラップブックにしてデータを調べてみましたが、どうもGPZ250Rにしておけば難なく4年間は乗れて北海道ツーリングも、もっと楽に出来たようでした。

全くベースとなる大切な4年間だったのに、バカのお陰でバイクに関して自己採点をすると40点ぐらいになってしまいました。お陰でバイクに飽きずに今日までバイクの探求をしているのですから、有難いことです。


大学3年の晩秋になって、来年はもう就職活動なんで遊んではいられなくなると、最後にバイク部の部員と奥多摩湖へツーリングに行ってから、部室で北海道に一緒に行った部員と二人で話をしていた。

「もうすぐ、バイクが夢で生活できてきたことが終わるけど、我々は他の学生と比べてどうだったものかなあ?」と私が彼に尋ねた。
「まあね、君がいてくれたお陰で楽しい大学生活で、北海道にもいけたし、短大の女の子とも友達ができた。感謝してるよ」と彼が答えたが、
「バイクについてはどうっだったと?」と訊き直した。
「とりあえず、カワサキに乗ってきてなんの問題もなかったが、俺はもっとハードなことをして自分を試したいと思うんだ」と、言う。
「え?今度は何する気だ??」
「来年だな、うちの大学でろくな就職は出来ないと思うんだよね、それで就職活動なんかせずにこのままバイト続けて、今度はロードバイクで生まれ故郷の山口に行ってみようと思ってるのさ」と彼は( ̄ー ̄)ニヤリと笑っていった」
「それはすげえな。俺はそんなバイタリティーないからな、是非やってみてくれ。なんらかの協力はする」と私は驚いた。
「君はどうするんだ?」と彼が聞いた。
「北海道にバイクで行ってきたら、夢が終わってしまったので脱力感がある。来年は小さな250ccを買って友達の短大生と静かに遊んで、いろんなところにバイクで一緒に行って学生生活を終わらせようという計画」
「なんかそれも良いけど、なんかパワーがない感じだな」と彼が言う。
「大丈夫だ。俺は自分で立てなくなるまでバイクに乗るんだ。それで北海道は壁を越えてしまったから、海外のどこかを制覇するんだ。ルート66やオーストラリアは誰でも行ける時代だろ、次のどこかを探しているんだ。おもしれそうなとこな」
「どこがあるだろうね。( ̄ー ̄)ニヤリ」

彼はコーヒーが嫌いなので、コーラをいつも部室で飲んでいた。自称おこちゃまなので許せという。

「ロードバイクにして、カワサキはどうするんだ?」私が訊くと、
「来年までは乗っているけど、後輩の誰かに売ればお互い良いだろう、ロードバイクを買うからガレージに置きっぱなしになるだろうね」
「いついくつもりだ?」
「来年の年末に、北海道は夏の極限を体感したんで、今度は冬の極限を体感してみたい。途中で年賀状を出すからそれで消息を確認してくれ」
「来年の年末なんて気が遠くなるよな話だな。俺は半年後に生きてるか死んでるか見当がつかないというのに」まったくタフな男だと感心した。

「あれ、来年の卒論始めるまでカワサキは置いておいてくれないか。最後のイベントを秋にやろうと思ってはいる。それで大学生活の本当に最後のイベントになると思う。新年度になる前に全て後輩に引き渡すが、最後のイベントだけは我々で計画する、それで立鳥跡をのこさずだ」
「ああいいよ。それで後輩で気骨なのがいたらカワサキ譲ってもいいよね」と彼が言った。

「おれらはここで何をやってこれたんだろうね、という生きてきた証みたいなのを感じる、ちょっとオーバーだけどね。生きてきたというレベルでもない」と彼が言った。
「しかし、ここで何やってきたんだろねえ。何でここにいるのかも不思議だ」と私が答えた。
「他の学生のたるさに同調してたら、ダメなだったろうけどなんとか免れたようだ。ゼミの誰々のように人がいいだけなのはいいけどさ、面白くはないよね、ねえ君、生きていて面白いか?っていつも聞いてみたい」と彼がいった。
「あいつか、あいつはなー表は良い人の仮面をかぶってるのさ。本性はきっと嫌なやつだと思う。ただ生きているだけの存在という気がしてならない。それをいつも良い人で隠そうとしてる感じがする」
「ははは。そうかもね」と彼が言った。

私は話ていたら喉が渇いたので、外にある自販機からカップのコーヒーを買ってきて部室に戻った。

だいぶ話していたので、すっかり夜になっていたが彼のZZ-Rが外灯で照らされていて、綺麗だった。カワサキのバイクは断然夜のほうが似合う。
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・・そんなことがあったと、GPZ250Rのサービスマニュアルを見てから思いだした。